じじ、ばばの  満月と羽衣の舞ノルウェー(2016年10月)
                                    フィンランド(2015年9~10月)

 ノルウェー



 ノルウェーへオーロラを見に行ってきました。前年はフィンランドで一夜だけ、壮大なオーロラが見られましたが、今年はどうだろうと、期待半分、心配半分で出掛けたのです。

 これまでの旅は出発地点まで飛行機で行くと、後はずっとレンタカーで走るのが定番でしたが、今回は趣向を変えて、ノルウェーのフィヨルドを航行するフッティルーテンという定期船に乗りました。往復乗ろうかと思いましたが、それでは芸がないので、復路は途中で降りて、風光明媚なロフォーテン諸島をレンタカーで巡ることにしました。
 見事なオーロラが出ました。それも5夜。長いときは4時間ほど出たり消えたりの繰り返しでした。この写真は満月が、オーロラの羽衣をまとったところです。オーロラはゆっくりと移動し、薄く、軽く、美しい羽衣の舞いのようでした。



写真は満月とオーロラ。珍しいコラボです。

 ベルゲンの港を出港すると七日間かけてロシア国境に近いキルケネスという最果ての町まで行き、そこから船はベルゲンへと戻ります。多くの観光客は国境の町まで来ないで、ノルドカップに近いホニングスヴォーグの港で降り、ノルドカップを訪れたあと、飛行機で都会へ戻りますが、我らは昨年、4度目かのノルドカップへはフィンランドから車で走ってきたので、船でハシュタまで戻ることにしていました。

ここでは今回の旅で、気づいたことや、気になったことも交えての「ノルウェー・オーロラ紀行」ということになります。去年のフィンランド・ノルウェーの旅も追加する予定です。


 
満月が纏う羽衣

 

 こんな珍しいオーロラが出ました。草の若芽のようにも見えるし、トンボの雰囲気もあります。空想をたくましくすると、山々の上を巨大なグライダーが滑空しているようにも想像できます。

 こういう姿で留まっているわけではありません。数秒後、時には1秒に満たない間に、素早く姿を変えてしまいます。満月とオーロラが出会うことは、そう度々あるとは思えません。珍しい天空の芸術に、しばし感動です。



   
 仰ぎ見るとマストの上も
 
 月を囲んでいたオーロラから目をそらし、マストの上を見ると、そこにも流れる雲のようなオーロラがありました。広がり、薄くなり、再び濃くなって、まるで別物のように天空を動き回ります
 色は緑が基調のようですが、赤紫や黄色、白も混じってとても綺麗です。ゆっくり動いたいたかと思うと姿ををえて移動します。

 太陽との微妙な関係があるのですが、空に雲が多いと見えません。湿気が多くても良くないようです。寒い時期にマイナス20度、30度の中で出現を待つツアーもあるようですが、そう言うところは晴天が続き、湿度も低いので、オーロラが見やすいのでしょう。でも、10月の方が楽ちん。気温はマイナス1、2度。昼はプラスの4度くらいだった。



   緑、白、黄色…。めまぐるしく変化した

 時に白の光が強い物が現れます。多くは緑が主体ですが、白っぽい物には赤紫が少し混じり、とても綺麗です。白っぽい物が出たと思い、しばらく見ていたら、形が変わるとともに、黄色みを帯びてきました。
 小さな漁村の後ろは岩山の連なりでしたが、山々と漁村を覆うように移動していました。漁村の光が小さく見えます。


 
これらはいずれも船の上からの撮影です。マニュアル・モードで絞りは2.8、ISOは800~1600、シャッタースピードは4~16などと、去年フィンランドで撮った時を参考に考え、三脚も持って行きましたが、なんせ船が動くので、きちんと止まった状態は不可能でした。多くは手持ちでの撮影です


天空一杯に広がる
  縦・横・斜め…。オーロラの動きは自由です。表情は瞬時に変わります。動く船と動くオーロラを撮るのですから、セオリーにこだわってはいられません。

 マニュアル・モードで撮るのは諦めて、さてどうしたものか、と考えてふと思いついたのは、ISO感度を上げて、高速シャッターで連写したらどうか、と言うものです。理屈などは分からないし、その結果がどう出るかは、撮ってみて、駄目なら他の方法を考えるしかありません。

 前年、購入したCASIOのExilim EX-100F とNikonのCOOLPIX P7000のデジカメ2機を持って行きました。一眼レフの大きいのは、もう仕事ではないので、持ち歩く気にはなりません。 縦・横・斜め…。オーロラの動きは自由です。

ババはOLYNMPUS Toughです。これは昔から泳いだり、山登りだったりで愛用した小さいカメラの後継です。これが3台目ですが、2台目は水中で電池ボックスの蓋が開いてしまいアウト。今度の機種は二重のストッパーが付いていました。

ニコンは使わないうちに、壊れてしまいました。二台のカメラは同じように持って来たのですが、ニコンは突然、異音が出て、使い物にならず、北極圏のホテルでゴミになりました。


 
漁村の上にたなびくオーロラ



CASIOとは何の関係もありませんが、だいぶ前にシャツの胸ポケットに入るカードのようなカメラを出したので、それを買って外国へ出掛ける度に、知り合いに自慢したことがあります。ポケットカメラは携帯電話にカメラが付いて、急速に姿を消しましたが、楽しい思い出が沢山あります。何台、と言うより何枚も欧州の知り合いに強奪されました。

 EX-100はカメラ本体にHSとしか書いてないので、わかりにくいけれど、もう後継機種が出ているようです。デジカメは今やレンズカバーがシャッター式になっているのが殆どだが、これがとても壊れやすい。ちょっと当たると引っ込んでしまい、開かなかったり、手で開くと今度は閉まらないので泣かされました。

 幸い、HSはかぶせるカバーが取り付けられていて、交換が利く。取り外しても関係なく使える。これはいいと思っていたが、今年の新機種は、きっと安上がりなのでしょう、他社と同じシャッター式のレンズカバーに変わっていました。安く作れるのはいいですが、頑丈さが失われるのは、本末転倒で残念です。(その後、CASIOはカメラ作りを止めたようです)


写真は漁村を包み込むようなオーロラ

 さて、肝心の撮影ですが、カメラがすべてを決めてくれるモードが幾つもあります。その中からベストショット(BS)の「HSナイトショット」項目を選択します。暗い環境でも対象が見えれば、フラッシュ無しで撮影できます。何度か試してみたら、高速で何枚も撮影し「いいとこ取り」をする仕掛けのようでした。素人にはこういうのが助かります。説明書にはオーロラ撮影に適しているなどとは書いてないけれど、「夜景」や「夜景と人物」のモードでは、上手い具合には撮影できませんでした。HSナイトショットでオーロラ撮影が結構上手くいくとはカシオのエンジニアは知っていたかな?

 掲載した殆どの写真はこの手法で撮ったものです。手ぶれをしないように気をつけてシャッターを押せば、こういう結果がでるのです。いささか粒子が粗いけれど、そこはちょっと見たところISO10000だったからやむを得ないでしょう。ずるずるに流れる開放15秒よりはずっとマシだと思います。船は止まってくれない。12ノットからの速度だから、結構速いのです。


  
フィヨルドから見るオーロラの旅

  今回の旅は去年の10月初めに、フィンランドの北極圏でオーロラを見たので、今度は船の上から見たい。そこでベルゲンからの船に乗ることにしました。

 ノルウェー沿岸の34の港へ、人や荷物を運ぶ定期船で、毎日ほぼ同型の船が、ロシア国境のキルケネスまで一週間掛けて航行しています。帰路は数カ所の港をパスするので2日間、短い航行です。深く切れ込んだフィヨルドと、南北の海沿いの国、ノルウェーにとっては生命線でしょう。

 東名・名神・山陽道、東北道などを併せたより、ノルウェーにとっては重要な航路でしょう。列車の線路も道路も、フィヨルドに阻まれ点在する島々を結ぶのは、大変なのです。船が“バイキング”の活躍した昔から、ノルウェーの生命線だったのでしょう。

 ベルゲンはオスロに継ぐ都市で、南北の海岸線や島々が長く延びるノルウェーの大補給基地でもあります。もう50年も前になったけれど、南アの喜望峰からノルドカップまで車で旅をしたとき、この港町で一休みしました。

 今は昔の面影なと比べようもない大都市になっていますが、木造の海岸に沿った建物が、世界遺産になっていました。木造建築は港に面した間口が狭く、奥へ長々と延びています。江戸時代の日本の盛り場の商店と似ています。ベルゲンは深い入り江が幾つもあり、戦時中は大海軍基地となっていたのです。もっとも攻め込んだドイツ軍の基地でしたが…。

 オーロラはこの辺りでは殆ど見られません。不思議なもので、北へ行けば行くほど見えそうに思うのですが、そうではなく、北緯65どから70度近辺にかけての”オーロラ・オーバル”の地域でよく見えるそうです。少し南や北でももちろん見られますが、確率はグンと低下するようです。


 オーロラ・オーバルは北極圏、南極圏に鉢巻きのような楕円を描いて出現するのですが、本格的な調査は1957~58年の国際地球観測年だったそうです。オーロラの見られる全緯度をカバーできる全天カメラ100台以上を北極、南極圏に据え付け、同時に毎分1度の割合で自動シャッターを切り、膨大なネガフィルムをモスクワ大学が中心となって調べたそうです。

 オーロラという名は、ローマ神話の「AURORA」に由来るそうですが、科学用語になった経緯で定説はありません。名付けたのはピエール・ガッサンディ、ガリレオ・ガリレイなどの説があり、アリストテレスは気象論の中でオーロラを「天の割れ目」と表現しているそうですが、天空を切り裂くような光りの帯は、そんな雰囲気もありました。天が裂けるとその先に、鮮やかな色彩の宇宙が現れるというのでしょうか。天国のイメージにもつながりそうです。

 オーロラが現れるのは太陽との関係や磁力線などさまざまな要素が重なって、鮮やかな光りを発するようですが、毎年同じように出るとは限りません。16、17世紀には年間数日から10日ほど。1810年にはたったの1日しか観測されていないそうです。その後、増えたり減ったりしながら、20世紀前半は40~80日。フィンランド気象庁が発表した2005年から2010年間のオーロラ出現数は、ここ100年間では最少だったとしているのです。
(2015年の記事と一部重複します)

 こういうデータを見ると、今回の旅は“出来すぎ”で、幸運に恵まれすぎたのでしょう。しかし、そのツケはきちんと払わされています。行きの飛行機乗り継ぎのコペンハーゲンで、全員が乗った後に機体トラブルが判明。飛行機を乗り換えたのが先ず最初の“先付け”となりました。

 

オーロラの当たり年でしょうか



 帰路の話になります。前夜、たっぷりとオーロラを見て、夕方にトロムソの港に着きました。この港には、極地探検のパイオニア、アムンゼンの立像や極地博物館などがあり、アムンゼンの偉業が偲ばれるようになっています。往路で停泊時間が4時間もあったので、あらかた見てしまったので、夜の11時までに戻ればいいという下船時間も、面倒なので下船せずに寝ることにしました。

 だいぶ寝たので窓の外を見ると、オヤ、目の前の建物は寝る前と同じだ。ババに話すと「昔、エジプトで夕方やっとの事で船に乗った。疲れてたので寝てしまい、朝になって起きて外を見たら、前の日のままだった」と思い出話をしたが、今度も船が動いてないのは歴然としています。朝の8時にはハシュタに着くはずだが、6時を回っている。オフィサーに尋ねると「エンジントラブルで部品は9時頃、エンジニアが持ってくる」という返事だが、何時に修理が終わるのかは「分からない」とのこと。こりゃ、いけません。
 
 町をぶらついて戻ってきても、動く気配は無し。それどころか、船長が「修理の終わるのは、今のところ見通しがついていない。直ったらボードーへ直行するのでハシュタには停まらない」というではないか。ハシュタからロフォーテン諸島へ、レンタカーで行く予定で、3日間の宿も予約している。それに飛行機もハシュタから乗る。船にいたのでは、帰りの飛行機まで間に合わなくなりかねない。

 何とか方法はないか、で、地元の人が利用する「スピードボート」というのがあると聞いた。それなら夕方にはハシュタに着く。レンタカーのオフィスは、4時で終わりなので間に合わないが、その日の予約した宿はそのまま放ったらかしにして、ハシュタに泊まり、翌朝に空港でレンタカーを借りることにした。しかし空港も午前10時から正午まででオフィスは終わり。何とかバスを探して50㌔ほど離れた空港へ行ってレンタカーをゲット。ロフォーテン諸島へと向かったのだった。これが二つ目の“ツケ払い”でしょうか。
 

 
ホテルの窓からも見えました



 ハシュタのホテルは港が一望できました。美しい島々を巡って戻ってきたホテルで、またもやオーロラです。まさかもうこの旅で見ることはないだろうと思って、窓から外を見ていたら、もやもやと、空がうごめき始めました。オーロラの出る前兆です。


「出るぞ。オーロラだ」

 窓に寄り、覗くと町の家々の屋根の上がもやっています。オーロラが出る前兆のぼーっとした青白さです。間もなく光が飛び出してきました。街の明かりはかなり強いのですが、上空のオーロラは関係ないようです。星が透けて見えます。港へ出て空を見上げると、例の通り“天空の舞い”です。地元の人も、こう頻繁に出ることはないようで、珍しいと言っていました。


オーロラ撮影の“プロ”が説明しているものを読んだ記憶がありますが、それによると「撮影には皆神経を遣うので、ライトなどは照らさないようにしたい。カメラの調整も小さいライトで、他人の邪魔にならないように心がけるべき」などと書いてあったが、それほど気を遣わなくても、この写真を見ればおわかりでしょう。家の光、船の光は一杯ですが、先ずは問題ありませんでした。  

これで大まかなオーロラの写真はお終いです。撮った枚数はもっと、もっとあるので、追加していきます。オーロラが出始めてから消えるまでの様子も再現してみようかと思います。撮っては見、見ては撮る繰り返しで、じっくりとカメラを構えて
撮影することなどなかったので、もしプロがいたら、ハシュタではとても素晴らしいシーンを撮影できたと思います。

 
  
 満月とのコラボです(1)

       
       
     
       
     オーロラの出始めから消えるまでを3カ所でお見せします。満月とのコラボはボードの沖でした。モヤモヤと待ちの明かりの上が騒がしくなり、間もなく薄い青緑が現れ、次第に濃くなって天空を舞いました。
満月とのコラボはこのすぐ後に起こりました。 実に美しい天空の芸術です。しばらくは形を変えたオーロラがツキとたわむれていましたが、岩山の上に名残を残して消えていきました。
 

ボード沖のオーロラです(2
 
       
       
     この写真が今度の旅で、初めて見たオーロラです。出始めや終わりは、前のものと同じように、ぼんやりと霞んで消えます。しかし、驚いたことにこのオーロラは、約40分ほどさまざまな模様を描いて移動していました。
 海を緑に染めて輝かせたり、黄色が勝ったものや、白っぽいものなど、色の変化もありました。このオーロラを見たので「もう出なくてもlいいや」などと思ったのですが、さらにさらに天空の舞いを見る夜がありました。 
 
 
トロムソ沖です(3)
     
       
   このオーロラはどちらかというと、月並みで出やすい色と色彩です。しかし、8枚目の写真は、前の記事に組み入れたように、とても豪華な姿で、漁村を包み込むように変化していきました。漁村で強い光を出していたので、ちょっと気になったのですが、殆ど関係あり魔縁でした。オーロラは上空8000㍍ほどの高度で光を発するようなので、地上のl光がかなりあっても、関係なく見えます。
 次に何枚か掲載するのは、無精してハシュタのホテルの窓から撮ったものです。それまでに満足する写真が撮れたので、車は目の前にあるし、町外れまではすぐなのですが、ちょっと寒いし、眠かったので外へ出ませんでした。 
 

ハシュタのホテルの窓から
 今回は20日ほどの旅でしたが、北極圏に居たのは8日間です。その間、5回のオーロラが出ました。数回は4時間。もっと長い夜は、贅沢ですが「見飽きたので寝る」となったくらい、長時間出たり引っ込んだり、また出たりの夜でした。オーロラは中々遭遇しにくいのですが、本当にツキまくった旅ということになります。

 オーロラばかりではありません。天候もツキまくりです。雲って雨模様だったのは最終日のオスロだったので、全く惜しくはありません。ロフォーテン諸島も、ちょっと曇ったことはありましたが、大方晴れで、素晴らしい岩山とフィヨルドの組み合わせを堪能しました。

 ここはレンタカーで走ったので、気の向くままに止まれたし、行動も自由なので、船とはまたひと味違う、これまでの車の旅と同じに楽しめました。 

 ホテルの窓からの写真でおわかりとおもいますが、オーロラ撮影に明かりなど気にすることは殆どありません。民家の照明や街路灯が輝くハシュタの街で、ご覧の通りです。ただ、オーロラは出るか出ないかは、誰も分かりません。昨年は25日ほどフィンランド、ノルウェーを車で走りましたが、合計1500キロ移動して、オーロラを見たのはたったの一晩。40分くらいでした。

 それでも大喜びしていましたし、今でも昨年のオーロラは印象的です。森林の中のちょっと開けたコテージに泊まっていたので、静かで誰もいませんでした。去年のものも、このサイトに収容し、併せてて見られるようにするつもりです。船に乗って沿岸の光や、海に移るオーロラの光も素晴らしいですが、森の中に豪快に燃えるような緑?が噴出するオーロラもまた捨てがたい魅力です。