![]() 須賀神社をお参りすると、すぐ側に立て札があって「奥の院へもどうぞ」と書いてある。どのクライン距離かは触れてない。多くの奥の院は本殿からごく近くにあるので「行ってみるか」と歩き始めた。 それ、間違いです。 ![]() 奥の院の大石。正面の大きな石がスサノヲ、左はクシナダヒメ、、中央尾石が子供。 「坂道を上りながら、こう考えた…」なんて言ってられません。本殿からちょっと歩き、山道に入るのが奥の院への道です。 「こりゃ、ハイキングコースだ。奥の院まではかなりありそう」 山道を見上げただけで速くも弱気。 標識には「奥の院」のl文字はなく「八雲山登山口」となっている。気軽にいけるような雰囲気が本殿にはあったが、どうしてどうして。整備はされていたが、年寄りには過酷な道、となりそうだ。 ![]() 登山口とあって、奥の院なんて書いてないぞ-。 ま、良いか、いけるだけ行ってみようヤ、で上り始めた。しばらく登ると水場があった。綺麗な水がパイプから迸っている。柄杓も置かれているので、ここは神社の清めの水と同じ、などと勝手に想像しながらもちろん一休み。水の旨いこと。 ![]() 綺麗な水がほとばしり出ていた まだ先はある。写真にあった大きな岩が奥の院のご本尊という事なのだろうが、登っている段階ではこの“難所”?がどこまで続くのか分からない。いい加減草臥れて一休み。やっとこさ、と腰を上げ好きで来ているのになんだか登るのを強制されているように思うのだ。 ![]() 杉林の中を角材で土止めをした階段が続く。見上げるとずっと、ずっと先まで続いている。なんだか騙されたようにも思うが、これは疲れたので僻み。重い足取りでたどり着いたのが、スサノヲ一家の自然石だった。 ![]() ![]() 日本初の宮 若発祥之遺跡とある 奥の院から下ってきて本殿の前に立った。なるほど、スサノヲが初めてここへ宮を作ったのだ。伊邪那岐が生んだ三柱、天照大神、月読命、須佐之男命が左目、右目、鼻を流れで洗う禊ぎで誕生させた。宮を作った話は古事記が初めてなので、日本初となったのだろう。 和歌発祥の遺跡の名称もなるほど、と思わせる。 八雲立つ 出雲八重垣 妻籠みに 八重垣作る その八重垣を 歌碑を読み、なにやら良い気分で須賀神社を後にした。 もう1つ。忘れていけないのは八重垣神社。スサノヲとクシナダヒメを祀る。八岐大蛇を退治する期間?クシナダヒメが隠れ住んだとも言われ、本殿の裏側の鏡の池はクシナダヒメが飲用にしたり毎朝の、鏡の代わりに自らを映したとされている。 ![]() 八重垣神社本殿 現在は縁結びの神社として若い女性に人気があり、一時はパワースポットなどと言われた。池には社務所(売店)で売っている“占い用紙”を買い、開いて占いを見た後、10円または100円硬貨を置いて浮かべる。これも占いで速く沈めば(15分以内)速く縁がある。遅ければ(30分以上)縁は遠い-。また、近くへ沈めば、身近な人。遠くへ沈めば遠方の人、と言うことらしい。 しかし、今風の“疑いっぽさ”で考えると紙に穴が開いたり、ひっくり返ったらどうだろう。居合わせた人に聞いたら「速く沈むので、縁は速いでしょうね。ひっくり返っても同じでしょう」と笑っていった。10円と100円と書いてあったが、500円硬貨を奮発したらどうか?気になる人は、やってみたらいかがでしょう。 ![]() 鏡の池。占いの神がたくさん浮いていました |