

糸魚川市のヌナカワヒメの像
大国主命はスサノヲの娘神、スセリヌヒメの元を離れ、高志国(コシのクニ)へ向かった。翡翠の産地であることも関係すると言う説がある。このクニには美人で名高いヌナカワヒメがいた。プレイボーイの大国主命が、放っておく訳はない。詩を連発
して接近を計った・

大きな袋を担がされ、兄弟の八十神に使用人のように扱われていたオホナムヂは八十神たちを退けてヤガミヒメをまず妻にし、次いでスサノヲの娘、スセリヌヒメを娶った。スサノヲは「今日からオオクニヌシと名乗れ」と励ましたが、ヤガミヒメの存在を知ったスセリヒメは嫉妬深かった。恐れを成したヤガミヒメは、生まれて間もない子供を木の俣に挟んで姿を消した。その子に木俣神(キノマタのカミ)と名付けて…。
大国主命は今風に言うと“冷却期間”を設けたことになる。すっかり“垂らし”になった元・純な男は、後の世の業平には及ばないにしても、即座に謡った。しかも今で言うと越後、高志(
(こし)国へと飛んで沼河比売(ヌナカハヒメ)を妻にしようと家の前で…。
ヤチホコ(大国主)は国中を探しても、一緒に寝るような妻に出合わず、、遠い、遠い高志の国に、賢く、美しい女がいると聞き、妻にしようと、思いたって旅に出た。
で始まる歌を聴かせた。かぶり物を脱ぐ前に、乙女の家の板戸を揺すった、とか雉や鶏が啼いてうるさいとか、勝手なことを歌にして歌った。自分勝手な思いを言葉にしたが、鳥が騒いでも板戸は開かない。
ところがヌナカハヒメは板戸こそ開かなかったが、歌を返した。
ヤチホコの神様、私は弱い草のような女です。で始まる歌は、日が沈んだら夜が来るでしょう、私は明るく微笑んでお迎えし、特別に白い繊維で織った布のように、白い腕、淡雪のように白い胸、手と手を絡ませ、腿と腿を重ねて夜を過ごします。もう少しお待ち下さい-。
言ってくれますねー。まだ会ってもいない男に、この返事。どんな姿で夜を過ごすのかまで書いてある。神代の世界は男女とも大らかですねー。平安朝の才女達が、男漁りにうつつをぬかすのも、こりゃ、古きよき時代からの伝統ですな。ちょっかい出すとたちまち訴訟騒ぎになる現代のタレント男女がお気の毒にさえ思えますよ。もちろんヌナカハヒメと大国主が、次の夜に同衾したのは言うまでも無い。

スセリビメ
ヤガミヒメはスセリヌヒメが怖くて姿を消したが、大国主はスサノヲの娘を置いて高志国へ出掛け、ヌナカハヒメと“出来て”しまった。これで一段落ではない。嫉妬心の強いスセリヌヒメは出雲に陣取っている。浮気男(古代では常識)の大国主は、何かと皮肉られたり、嫌みを言われたりで困惑した。こんな事じゃ身が持たん、などと考えたかどうか-。大国主は一大決心をして、倭国(ヤマトノクニ)に行くと考え、色々と準備して、馬に乗ろうとなったとき、歌を詠んだ。
ぬばたまの 黒き御衣(みけし)を
まつぶさに 取り装ひ
沖つ島 胸見る時
…、…
長い歌で語りかけた。その言葉の大意はこうだ。
黒い異種をキチンと着た水鳥が…、で始まりスセリビメに語りかける。
「愛しい妻よ、鳥の群れのように、私が大勢を引き連れて行こうとすれば、一羽が飛び立つのに合わせるように、皆が群れ飛ぶことだろう。妻よ。それを見てあなたは麓の1本の薄のように、うなだれて泣くだろう。若草のような妻よ。あなたの息は霧となって飛び、広がって消えていくだろう-」。
分かったような、分からないような歌だけれど、、綺麗な羽を持つセキレイに妻を例え、大国主が朝霧の漂う中を鳥の群れのように、、多くの仲間を引き連れて、東国へ向かうのを見送る寂しさを美化して歌うー。なるほど、強い女の弱みを突き、自分を群れの中に溶け込ませる、そのお上手さよー。
コロリ。スセリビメはたちどころに”か弱き一人の女”となって、大きな盃に酒をなみなみと注いで、夫に捧げて歌うのだ。
八千矛の 神の命(かみのみこと)や 吾が大国主
汝こそは 男に坐せば(いませば)…。
うち廻る 島の埼埼…
(略)
吾(あ)はもよ 女にしあれば
汝を除(き)て 男は無し
汝を除て 夫は無し
(略)
そして歌は進み、模様の施された几帳に囲まれ、絹の柔らかい夜具の下に、衣擦れの音がして、淡雪のような若い胸を押しつけ、白い腕で抱き、手を絡み合わせて愛し合い,またを合わせ横になりましょう。
際どいまでの表現で、愛し合う姿を描写し、最後に言う。
「さあ、このお酒をどうぞ」
酒を酌み交わして二人の仲を確かめ、互いに首の後ろに手を回して愛し合う。
オヤオヤ、倭国へと出掛けるはずが、スセリビメの大胆なアピールに、大国主の決意はヘナヘナと崩れ,出雲に留まった。
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