
淡路、出雲で島、国、子作りに励んでいた伊邪那岐、伊邪那美は伊邪那美の死で新たな展開を迎える。伊邪那岐は禊ぎ(みそぎ)で全身を清める為に日向の橘の小門の阿波岐原へ向かう。宮崎県へ何の手段も記さずに伊邪那岐は移っている。

江田神社(神社HPから)
黄泉の国の軍勢から逃れた伊邪那岐は早速、次の公道に移る。
「見るのも厭な汚らわしい国へ行ったものだ。今は身を清めなければなるまい」
筑紫の日向、橘の小門の阿波岐原に行って禊ぎをした。ちょっと分かりにくい地名だが、宮崎駅から国道11号線を車で15分ほど。シーガイアのにも近い。
江田神社には、なぜか黄泉の国で伊邪那岐を負うことを断念したはずの伊邪那美も並んで祀られている。古事記に沿って神話の世界を旅しているのだから、硬いことを言うのはよそう。伊邪那岐は流れに入り、持ってきた杖を捨てた。帯を緩め、袋も捨てた。上着、袴、冠、左右の腕に付けていた腕輪、身につけていたものを脱ぎ、捨てると,そこから神々が誕生した。
「上の瀬は流れが速い。下の瀬は流れが弱い」と言って中の瀬に入って水をくぐった。そこで二柱の神が生まれたが、黄泉の国から着て戻った衣類から生まれた神だった。これは災いだ。伊邪那岐はこれを綺麗にしなければと、三柱の神を生み、水の底に潜ってさらに神々を生み、表面で身を清めてさらに三柱の神を…。
自在に神々を生み出す不思議はあるが、最後に伊邪那岐は後の世まで語り継がれ、敬われる“三貴子”を送り出す。

二拍して礼から入れよ
天照大御神(アマテラス・オオミカミ)。伊邪那岐が左目を洗ったときに生まれた。
月読命(ツクヨミのミコト)。右の目を洗ったときに生まれた。
建速須佐之男命(タケ・ハヤ・スサノヲのミコト)。鼻を洗ったと奇異誕生。
ここでの禊ぎから十四柱が生まれた。伊邪那岐は最後に三柱の尊い喜び、首に掛けた珠の飾りの紐をゆすり、心地よい音を立て、天照大神に授けた。
「おまえは高天の原を治めなさい」
月読命に向かっては
「おまえは夜の国を治めなさい」
スサノヲに向かっては
「おまえは海原を治めなさい」
三柱の神は与えられた所を治める事になったが、スサノヲは成長し、髭が長くなっても、大泣き死、泣きわめくばかりだった。伊邪那岐は怒り「おまえはこの国に住むことはならぬ」と追い払った。伊邪那岐は淡路の多賀に腰を据えた。
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