

古事記にある稲羽の白兎の現場は、明るく、開けた海岸と背後の木々が茂る緩やかな丘陵地帯です。宍道湖からクルマを走らせていると、広い駐車場のあるドライブインがありました。

“白兎海岸”の標示が有り、まず見落とすことはありません。隠岐の島は見えませんでしたが、綺麗な海岸線が弓形に延びていて、果たして遠浅のこの海岸にワニ(鮫)が並ぶことが出来るのか-、などと役にも立たない事を考えたりしました。

八十神に酷使される大国主命。八上比売は寄り添う(AI Copilotで生成)
神話は神社などの他には、独自で想像する世界でもある。イメージを表現する方法は、文章以外にはイラストや絵を描く事になる。AIがめざましい進歩なので、何度かイメージを文字で書き、それを絵にする方法を試みている。何分、ジジイなので若い頭脳のようには行かない。のろまで、機転も利かないので、AIを使いこなすなど、夢のまた夢だが、出来る範囲で遊んでみようと言うのが、上のイラストです。
スサノウは生みに生んだ、と言うより「生ませに生ませた」と言うべきだろう。白兎海岸を通りかかったときに、オオクニヌシは兄弟神が八十柱もいた。八十と言う数字は“大勢”を表現するようで、必ずしも正確な数を示す訳ではない。

八十神は稲羽(因幡)に住むヤガミヒメを妻にしようと、何故か揃って稻羽を訪れた。その時、当時はまだオオアナムヂノカミ(大穴牟遅神)の呼び名だった大国主命に大きな袋を担がせ、下男のように見せかけて連れて行った。氣多の崎まで来たとき、裸の兎が倒れていた。
「先に通った神様たちが教えてくれたのです。すぐにこの海で潮を浴び、高い所で風にあたるのが良い、と。その通りにしていたのですが、塩が乾くにつれて、風に吹かれた皮膚は、ヒビが割れして痛むのです」
兎はそう言って泣き伏した。

白兎神社への参道、 白兎神社本殿(中央)、 兎が身を清めた池
最後にやってきた大穴牟遅神は、何故そんな事になったのかを尋ねた。兎はいきさつを話した。
「私は隠岐の島にいたのですが、こちらに渡ろうとしても手段がありません。そこで、海のワニ(鮫)を騙して、言ったのです。“私の一族と君たちの一族のどちらが多いか比べてみよう”と。全員集まってこの島から氣多の崎まで並んで…。私はその上を走りながら数えるよ。そうすればどちらが多いか分かるだろ」
その通り、数えながら背中を伝わって氣多の崎まで来たのです。あと一飛びで良いというところで“お前たちは騙された”と叫んだんです。そうしたら最後の一匹が私を捕らえ、衣類(皮)をそっくり剥いでしまったのです。それで泣いていたら、前を行く八十神が、塩を浴びて風に吹かれろ、と教えたのです。

叩け! 寄らば食うぞ。
大穴牟遅神はすぐに兎に言った。
「急いで河口へ行き、清い水で体を洗いなさい。そして蒲黄(がまのはな)敷き詰め、そこへ寝転ぶこと。そうすれば元のようになる」と教えた。蒲黄は止血、鎮痛の働きをする。教えられたとおりにすると、元通りの体になった。
これが“稻羽の白兎”で、今は“兎神”と言われている。何故、嘘をついて、その代償を払わされた兎が”神様”になったのか-。大穴牟遅神をもり立てたからなのかな?兎は言います。
「あの八十神が八上比売(ヤガミヒメ)をお嫁に迎えることは出来ません。袋を背負っていても、必ずあなたのものです」
どうして兎にそんなことが分かるのか、そのあたりの分析は専門家にお任せ。神話は先へと進みますが、八十神は矢上比売をあきらめていません。大穴牟遅神へのイジメは続きます。
|